短編小説「バトンタッチ④」最終回

④てっちゃんの弟、K君


学校をサボっても朝は朝だ。

失恋は重い病気だ。場合によっては命を落とす可能性もある。

ロミオとジュリエットの気持ちだって今ならわかる。

後遺症も大変だ。その人を好きだったのか、

その人を好きになっている自分が好きだったのか。

戻らない時間をいつまでも漂う。

今回失恋してわかった事、それは、

“自分の恋に他人を巻き込んではいけない”だ。

協力者が好きな相手の友人なら、なおさらだ。


3か月程前、街中で中学時代の同級生と再会した。

背の高い彼女は、少し離れていた所からでも目についた。

綺麗な長い髪に見とれていると、向こうから声をかけてくれた。

彼女とは中三の時、体育祭の用具係で一緒になった。

あまり喋らないが、手際よく、先を読んで行動してくれた。

リーダーだった俺は、彼女に頼りっぱなしだった。

その日から彼女を目で追うようになっていた。

当時、携帯電話を持っていなかった俺は、彼女と連絡を取る手段がなかった。

運命の再会に心が揺れた。その場にいた彼女の友人も含め、

3人で連絡を交換する事になった。

彼女の友人とは中学時代、同じクラスで仲が良かった。

ある日、俺はその友人に恋愛相談をした。

協力して欲しいと言った所、快く引き受けてくれた。

しかし、徐々に彼女の本性が露わになってきた。


「紀子、今日先輩と仲良く話してたよ」

「紀子って、時々何考えているかよくわからないんだよね」

「紀子、中学の時、あんまりいい噂なかったよ」


明らかに彼女を陥れるようなものばかりだ。

嫌気がさした俺は、その友人に


「今まで色々探ってくれてありがとう。あとは一人で頑張ってみるわ。」


と返すと、


「私じゃだめ?」


と返ってきた。


ドラマで見た三角関係はもっと整っていた。

俺の事で友情が壊れるのも心苦しいので、二人と連絡を取るのをやめた。

告白もせず失恋をしてしまった。失恋は一人でもできるようだ。

外傷はないが、体の中が徐々に蝕まれていく。

頭が痛い。朝起きれない。ついに不登校になり引きこもってしまった。

最近はオンラインゲームばかりしている。

昨日、何十時間もかけたデータを消して、新しいデータで始めてみた。

強い初心者はみんなから歓迎される。

能力や装備は低いが、それを補えるだけの経験値がある。

現実でも、このまま初心者に戻れるなら、あの子ともうまくいく。


引きこもりになってから、三つ年上の兄貴がとても心配してくれた。

兄貴と言っても、血は繋がっていない。子連れ再婚同士だった。

兄貴の本当の父親は早くに亡くなり、

俺の本当の母親は今でもどこかで生きているらしい。

再婚をした時、俺は4歳だったが、

お義母さんに甘える事はもう出来なかった。

兄貴はイケメンで成績優秀。

もし血が繋がっていれば嫉妬で苦しんでいたかもしれない。

俺たちは仲の良い先輩と後輩のような関係である。


兄貴にだけは失恋の話をした。兄貴は、


「好きじゃなくても結ばれる事もあるし、好き合っても結ばれない事もあるよ」


と慰めてくれた。

ちょうど兄貴も失恋したばかりだった。

兄貴でも失恋するのかとビックリした。

それからはお互いの傷をなめ合うように、暇さえあれば二人で遊んだ。

彼女と行くはずだった某テーマパークに一緒に出かけた。

そこでお揃いのダサいイニシャルキーホルダーを買った。

男兄弟のイニシャルと言ったら、もちろん「T」と「K」だ。

お互いの傷が癒えるまでカバンに付ける事を約束した。


午前8時。

仮眠から目覚めても、まだ雨が降っていた。

引きこもりになってから雨が好きになった。

家に居ても罪悪感がわかないからだ。

今日は週に一度カウンセラーが来る日だった。

冷蔵庫の前で、大学に行く前の兄貴と出くわした。


「おはよう。」

「おはよう。今日はカウンセラーさんが来る日だったな。」

「そうだよ。」

「カウンセラーさんに出す飲み物が切れたから、コンビニで買ってきてくれないか。」

「わかった。」

「あと、これ。」


兄貴はお揃いで買ったキーホルダーを俺に渡した。


「なんで外すんだよ?」


「新しく彼女が出来たんだ。その彼女がダサいから外してってうるさいんだ」

「はあ?早くないか?俺はまだ立ち直ってないぞ!」

「もう大丈夫だろ。お前も早く新しい恋しろよ。

あと、好きな人にダサいって言われる前に外せよ。」


兄貴は、カッコつけて背中向け手を振った。

引きこもりでも、用があれば家の外にも出る。

雨の午前中はコンビニも空いている。

赤いレインコートを着た店員がコンビニの中に入ってきた。

小学校の頃、兄弟で初めてお揃いで買ってもらったものがレインコートだった。

あのレインコートも兄貴が先に着なくなった気がする。

そして俺も追うように着るのをやめた。

今回はそう簡単じゃない。

俺の傷はまだカサブタにもなっていない。


小さ目のお茶を買い、家に帰る道すがらカウンセラーに会った。

30歳半ばで黒縁メガネがトレードマークだ。

雨は少し降っていたが、俺は傘をさしていなかった。

するとカウンセラーは相合傘をするような形で俺に近づいた。


「おはようございます。てか、恥ずかしいんですけど。」

「おはよう。いいじゃないか、たまにはこうやって話すのも。」


速足で歩いたせいか、いつもより早く家に着いた。

リビングに招き入れ、買ってきた小さ目のお茶を出し、

いつものように体調や生活リズムに関する質問から始まった。

失恋以外の事は大抵話した。このカウンセラーは何を話しても肯定してくれる。

兄貴にムカついていたせいか、ポロっと失恋の話をしてしまった。

カウンセラーは黒縁メガネを外して聞いていた。


「ははは、いいじゃないか。」

「別に面白くないですよ。」

「失恋なら専門分野だよ。」

「そんな風には見えないですけど。先生、結婚してないでしょ?」

「こうみえて、バツイチ。」

「うそ?意外!」

「まあ私が悪いんだけどね。離婚も失恋も経験だよ。ちゃんと告白して、ちゃんと失恋した方が健全だよ。」

「じゃあどうすればいいんですか?カウンセラーなら、うまくいく方法教えてくださいよ。」

「そうだなー、まあまずは基本中の基本、挨拶かな。」


話が盛り上がり、昼前までカウンセラーは家に居た。

話してスッキリしたのか、俺は急に眠気に襲われ、そのままソファーで仮眠を取った。

夢の中で雨が上がる瞬間に立ち会った。


⑤紀子 高校2年生


午後2時すぎ、数学の授業中に携帯電話が震えた。

メッセージを開くと、なんとK君からだった。

本文には一言「おはよう。」と書いてあった。

反射的に私は「おはよう。って、もう昼ですけど。」と送った。

いつの間にか雨は止み、雲間から日が差していた。

目覚まし時計が鳴らなくても、

やる事が無くても、

雨が降っていても、

学校をサボっても、

「おはよう。」の一言で誰かと繋がる。

希望のバトンをあなたは誰に渡しますか?


Fin.


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